【  Y 日記 】


1999-03-31 第五日目 CVT加速の感触 [プリウス的発動のY]



    昨々日に暫定報告したが、 | | 動力性能: かったるいと思っていたが、実用レベルにある。 馬力は少ないのに、 |       エンジンとCVTの相性が良く、エンジンのトルクをCVTが上手に引き | 出してる、と分析する。 | 今日は、CVTについて語ろう。 CVTのCは、Continuouslyの事で、連続を意味してる。 何が連続かと言えば、 ギヤ比のことであり、通常の遊星ギャのオートマとちがって変速ショックがなく、 CVTではオートマ自体がギャ比が連続可変するので、それ自体で加減速が可能である。 従って、極端に言えば車の加速/減速を、エンジンの回転を変えずに 一定にしておいても、このCVTオートマだけで出来る。 ところで、このYのCVTプログラムは特にその方(エンジン回転一定)に 振ってあって、加減速をエンジン回転でなくCVTギャ比変化で実施してる 特性となっている。 従って走っている時の感覚は、こうなる。 スタート時は、1000rpm以下で電磁クラッチがつながり、走り出す。 アクセルを踏みつづけても、回転は1800rpm付近で固定されたまま。 しかし、スピード計を見れば、じわじわと速度は上がっている最中で、 加速をしてるのが解る。 そこで、アクセルをさらにぐっと踏み込む。 しかし、回転は2200rpm程度で固定され、加速の度合はやや増して 速度が上昇する。 つまりその動作は、アクセルを一定に踏みつづけて加速を希望してると、 エンジン回転は一定のままで、加速してないと思いこんでいても、 速度計を見ると実はじりじりと速度は上がっている。 これって、プリウスか、もしくは鉄道ディーゼル車のようである。 ここで妙に感じるのは、物理的には加速してても人間には加速を感じてない現象 である。 ●人間って、どうやって加速度を感じるの ? の考察 さて、人間はどうのようにして加速感を受感するのであろうか。 人間工学では、その要素は、 ・目    …… 視覚    :車窓の景色の流れ ・耳    …… 音     :エンジン、マフラー、の音や騒音 ・皮膚   …… 肌への圧録 :皮膚を押す圧力 ・三半規管 …… 傾きと重力 :そもそもGを感じる器官 ・内臓   …… 内臓の移動 :ジェット・コースターでのあれ 加速度という物理量そのものは、 ”速度の変化であり、それは作用物体に重力が働く”事になる。 それで、各感覚器官 の中でも重力そのものを感じるのは、三半規管だけである。 他の器官は、付けたしの情報という感じで、重力を感じる事はできず、 三半規管意外の人体センサーで受感してるのは”錯覚”といえる ●車での加速時の一般的な感触は、、、 まずエンジン回転がグオー(耳)と上がり、回りの景色が流れ(目)、 もし急加速ならば身体がシートに押し付けられて(皮膚)圧力を感じ、 なおかつ圧迫感(内臓)を感じる。 この間、三半規管はGを感じているはず だが、実は三半規管がもっともいい加減でそこからの情報は、あまり 加速度の判断材料になってない。 ●人間って、TV的なの ! 実は、加速度って人間ではあまり正確に感じ取れないのである。 車のカタログで、0-100加速など謳っていて、それを見てユーザが 車の評価等にしてるが、実際は少々の加速の違いは解りはしないのである。 例えば、1963年の新幹線の開通デモ試乗で一般ユーザは、200Km/H出しても 遅いと思ってた。 200も出せば、車体は揺れに揺れて音はガーガー すると覚悟してたが、乗ってみると揺れはほとんどなく静かで、発車加速も緩やかで あるので、目、耳に入力が少ないと遅く感じるのである。 また、タイヤメーカのテスト・ドライバーはタイヤのコーナリング 限界をみるのに横Gを測定機なしでコンマ下1桁まで違いが解るというが、 それは「腹に感じる」というから、内臓へのG感覚を使っている。 また、目、耳、皮膚が遮断されるどうなるか。 実際にそんな乗り物があり、 その場合になると、加速/減速があっても、人間はほとんど加速度を感じられない。 それは、高層ビルのエレベータのことである。 数百m高のビルをあれだけの 短時間で昇降してしまうエレベータがかなりの加速力をもっていることは 容易に想像出来よう。 エレベータ技術者が言ってたけど、いかに 加速度を感じさせないかが、エレベータ技術の神髄であり、その為に 加速カーブ(特性)は、リニアでなく指数関数曲線でプログラムしてるという事です。 人間の感覚なんていくらでも作為的にだませてしまう。 では、車の加速感って何で感じるのであろうか、、、 ほとんどは、"耳"と"目"である。 これを意図的にセットアップしてるのが、典型的にはalfa等のクルマである。 音がいいだけで、数十年も使い続けたエンジンがalfaにはいくつもあった。 以前私の乗っていたDEDRAでは、知人を乗せると 「この車は加速すごいですね」と言う。 が、しかし1310Kgの重さに120psで 事実は鈍重であり、よっぽどセリカ、アルテッツアとかの方がロケットである。 DEDRA しかし、加速時のランプレディー・エンジンは音、振動、盛り上り感に 演出があり、強く人間に訴えつけてくるので、すごい加速と思わせられる。 これが高じてくると、いわゆる「エンジンがセクセルを踏めと言ってる」 とドライバーがエンジンからのメッセージと思う、あれである。 機能を提供するのが商品であるならば、感動を提供するのが芸術である。 それを求める社会が文化である。 所詮、人間の感覚では正確なGは解らないのだから、もし、 加速でドライビングを楽しみたい人がいたならば、カタログの数値スペック に固執せずに、実際に試乗車に乗ってその音や鼓動のトーンを体験した方が、 "楽しい加速"って何か理解出来るだろう。 人物を評価するのに、 試験の点数値だけで見ますか。 最近は人柄という主観を重視するはずです。 できれば、その人の考え方、人生観、価値観等の個性も知りたくなる。 だから、個性のない、そして背景に文化の無いクルマは、ただの儲かればいいだけの 商品になりすまし、それは”本当の自動車”には成り得ない。 ●で、YのCVTというと、、、 しかし、このECVTはしっかり商品である。 中には、心得ているCVT開発者もいて、特にFIAT技術者は加速に伴い回転もある程度 上昇させる様にプログラミングさせてるので(Uno)、その事がたとえ、 効率、燃費、公害に不利であろうと、加速感を訴える設定になっている。 これならば、多少の加速感は味わえる。 しかし、この元をただせばスバルのECVTであるこのYのCVTは、特に 感性にではなく、効率に振ってある。 もくもくと、鉄道ディーゼル車のように職務をまっとうしてる。 Yのエンジンルームには無気質な内燃発動機関がどでんと鎮座して ECVTにこきつかわれている。 PS: Alfa156の取材の関係で156開発プジェクト・リーダーの   ガブリエーレ・ゼッキーニ氏が来日した際、あるカー雑誌の企画で、   氏に豊田アルテッツアに試乗してもらって、感想を求めた。 氏の試乗感は、   「ほんとに、210馬力あるのかな。 楽しさは156の方が上だろう」、と。





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